Erスタッフのpaco/渡辺パコです。
僕は以前からnikkeibp.jpで環境関係のコラムを週刊で連載しているのですが、今回日経BP社から許可をいただき、こちらのブログにも掲載できるようになりました。
同じ内容になりますが、お楽しみください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
有機栽培農産物や低農薬栽培、たい肥を使った栽培など、化学物質を極力減らした農産物を選ぼうという話を、前々回、しました。
一般的には「おいしい、安全、健康によい」といった理由で選ばれている有機系農産物ですが、実は農地やその周辺の環境にもよい影響を与えるので、農業地域の環境保全にもつながるというわけです。
今回は、それに続いて、食べ物で環境生活を送るためのもうひとつのポイント、「近くのものを食べる」という話です。
このコラムの読者の中に、野菜や肉、魚を日常的に自分で選んで買っている人がどのぐらいいるのかわかりませんが、僕は我が家の食事係をやっていることもあり、日々食料品を選んでいます。スーパーマーケットに山積みされている野菜や肉には、必ず産地が表示があるので、僕は基本的には国内産、それもなるべく近いところのものを選んでいます。近くの食材を選ぶことが、環境面の貢献にもなるからです。
そもそも、食料品を買うときに産地を見ている人はどのぐらいいるのでしょうか? 実際には都市生活を送る人にとっては、食料品とは「揚げてある鶏肉」や「暖めるだけの冷凍食品」、「カットしてラップがかかっているスイカ」のことだと思っている人もいるかもしれません。もちろん、そういう人を僕はよくないことだとかいうつもりはまったくありません。日本では最近は「自宅で料理をつくる」というと、「スーパーで買ってきたお総菜を皿にちゃんと移し替え、レンジで温めて出すことと思っている人が多いね」、といって笑い話になったりします。しかし世界の食生活を見てみると、たとえば北欧では、食料品というとビン詰めや缶詰、真空パックがあたりまえで、スウェーデン人に「トナカイはどうやって食べるの?」と聞くと、「袋を破ってスライスして、皿に並べて食べるんだよ」というわけです。食料品、料理、という言葉の意味も、国や習慣によってまったく違うのです。
という話はさておき、日本では野菜や肉、魚を買う時には産地表示を見て選ぶことができるようになっています。近くのものを買おうねというと、「肉や魚はともかく、野菜は日本のものなんだから、どれを選んでもいいじゃない」と思うかもしれません。でも実は、生鮮品でも非常に多くの野菜が海外からやってくるのです。
たとえばタマネギやカボチャはニュージーランド産、ネギやシイタケは中国産、ピーマンは韓国やオランダ、アスパラガスやにんじん、カブはオーストラリアから、といった具合で、手に取る野菜についている産地が海外であることも珍しくないのです。
輸入野菜が多いかどうかは、季節にもよります。夏〜秋は国内の産地もどんどん野菜が育つ時期なので、国内の産地が表示されているものが目立ちますが、冬になると海外の産地が目立つようになります。
精肉売り場に行くと、産地はさらに海外に偏ってきて、今は米国産牛肉は輸入が止まっているので、並んでいないものの、一番多いのがオーストラリア産。豚肉は米国産もたくさん出回っています。
日本の食糧自給率は、40%程度(カロリーベース)となっています。毎日の食卓の半分以上は海外からやってくるものを食べているという統計になっているのですから、あたりまえといえばあたりまえです。でも、野菜売り場、肉売り場の産地表示は、半分以上が海外というほどではありません。統計が間違っているのでしょうか?
実は、輸入された食材の多くは加工用に回っているのです。豚肉でも、生で売られる分は産地表示がありますが、ハムやベーコン、ハンバーグになっているものは、肉の産地までは表示義務がありません。鶏肉も唐揚げになって店頭に並べば、どこからきたものかわかりません。生で売るものははやり鮮度の問題で国内が多くなりますが、加工品になると産地のバリエーションは広がり(どこからきたものかわからなくなり)、また国内産でも、食肉を生産するときのえさの産地まで考えると、食糧自給率は40%になってしまうのです。
ではこのような食糧事情と環境問題とはどう関係があるのでしょうか。そして近くの食材を食べることはどうして環境によいのでしょうか。
まず近くの食材なら、輸送距離が短くてすむので、輸送トラックから出るCO2や汚染物質が少なくてすむという点が上げられます。東京で消費することを考えると、ニュージーランドより中国、中国より福岡、福岡より千葉、ということになるわけです。
他にも、化学物質汚染を防ぐという意味合いもあります。遠くに運ぶためには、その間に精度が落ちたりカビの発生を防ぐために、多めに農薬を使ったり、収穫後に農薬を使う(ポストハーベスト農薬)といったことが行われがちです。この結果、野菜についた農薬を口にしてしまうという健康上のリスクがあるのはもちろんですが、環境面でも、それだけ大気中に多くの農薬が放出されることになるので、環境によいわけはありません。人間にとっては「安全」といわれている量であっても、畑や集散地近くの自然生態系への影響を考えると、少しでも農薬の使用が抑えられた方がよいのです。
次に、日本の今の状況を考えたときには、耕作放棄を防ぎ、農業を行うほうが環境によい、という点があります。日本では農業の国際競争力が低下しているので、畑や田があるのに耕作をしない、耕作放棄地がどんどん増えています。耕作をしないと、草が生え、茂みになって、自然に戻っていいようにも思うのですが、それは都会の人の考えです。もし自然に戻すなら、たとえば周囲の植生をよく研究し、そこに本来あった木や植物が長期間生えるように人間が手を貸す必要があります。しかし実際の耕作放棄地は、並んでいる田畑を虫食い状に広がっていて、耕作地と耕作放棄地がモザイク状になってしまいます。こうなると耕作放棄地といっても木を植えて森にするわけにはいきません。北側の畑に日が当たらなくなってしまいます。仕方がないので、定期的にただ草刈りをしたり、農薬だけをまくといったことになってしまい、無意味に化学物質が広がったり、エンジン付きの草刈り機のためにガソリンが消費されたりするのです。やはり人間が開墾して畑にした土地は、畑として使う方が、環境によいのです。
とはいえ、いつでも無条件に「近くの食材」の方がいいとは言い切れません。たとえば冬場にブロッコリーを食べるときには、国産品を食べようとすると、ハウス栽培、それも冬場に灯油を燃やして暖房して育てたブロッコリーかもしれません。それなら、温暖なカリフォルニアで育てた野菜のほうが、環境によいとも言えます。
もちろん、それよりは、「冬に夏野菜を食べない」方がいい、ということになるでしょう。近くの生産地でつくられた旬の野菜を食べていれば、環境面にいちばんいいのです。「近くの食材を食べる」というのは「旬のものを食べる」という意味でもあるのです。
とはいえ、近くでとれた旬の物に無理に限定すると、やはり食材のバリエーションが乏しくなるのも事実で、これが極端になると食生活が非常に貧しくなってしまいます。今から20〜30年ぐらい前までは、ちょっとへんぴな農村部、たとえば西伊豆の漁村などに行くと、売っている野菜の量は非常に少なく、あってもしおれていて食べたくなるようなものではありませんでした。山村の冬も同様で、小松菜や保存のきく根菜と保存用に漬けた野菜が中心です。これでは食生活が豊かとはいえないし、もっといろいろなもの、新鮮なものが食べたいと思う気持ちを捨てなさいということもできません。
僕自身は、野菜を選ぶときに、必ず産地を見て、できるだけ近いものを選ぶ、冬場で輸入物が多いときは、遠くからの輸入野菜は回数を減らす、というぐらいのところかと思って実践しています。一部の生協では積極的に国産食材を扱っていますから、こういうところと契約しておくと、あまり神経質にならずに国産品、近くの食材を、リーズナブルな値段で買うことができます。
野菜の選び方、肉の選び方ひとつでも、環境に貢献することができるのです。